海外スタッフ
ダイハツディーゼル(ヨーロッパ)
部品営業部
松田 清史 課長
(MATSUDA KIYOSHI)
当初、技術サービス部に配属し、主に技師派遣に伴う修復工事に必要な部品手配を担当し、緊急性の高い業務でした。督促や叱咤されることも幾度とありましたが、修復後、お礼を頂くこともあり、お客様のことを考え最善を尽くすことが重要なことを実感しました。
米国に転勤後、部品営業を担当しました。お客様のタイプは様々でしたが、信頼関係を構築し、受注に至った時は非常に嬉しかったです。チリのお客様を訪問した際は、英語で商談しようとしたところ、担当者は全く英語が話せず、電子辞書を片手に片言のスペイン語で打合せ、食事の席ではプライベートな話もしたことが印象的でした。言葉よりも如何に自分の考えを伝え、理解頂けるようにするかが大事であると実感しました。
部品販売は、どうしても焦点が価格・納期に傾きがちですが、お客様とのコミュニケーション、アフターサービスにより目を向け、お客様より感謝頂けるよう日々頑張りたいと思います。
ダイハツディーゼル(ヨーロッパ)
機関営業部
落合 克庸 課長
(OCHIAI KATSUNOBU)
入社後、本社、東京、ロンドンと転勤していますが、一貫して当社の主力である舶用機関営業を担当しています。今まで山の中で育った私には想像できなかった船の中の世界を見ることにより船という動く孤島の凄さを知りました。館山沖に停泊中の船に海外から来日した技師を船へ案内するだけのつもりで小さい鞄一つで行った際、洋上に停泊中の船に縄梯子で登り、船上でお客様に挨拶後、エンジニアに「後はお願いします。」と言って下船して帰ろうと思いきや、既に船は動いており航海が始まっていたということがありました。携帯電話は当然圏外、船の電話を借りて自宅や会社に事情を説明し、3泊4日の船内生活を経験しました。その時、初めて船の中は24時間営業であることを知りました。
ヨーロッパのお客様への営業も最初はとても緊張しましたが、最近は2週間も席に居るとお尻がムズムズしてきて落ち着かず、ヨーロッパ各国のお客様にお会いする為に飛んで行く日々を送っております。
ダイハツディーゼル(ヨーロッパ)
技術サービス部
田邊 研志 部長
(TANABE KENSHI)
入社後、機関本体や舶用艤装の設計やアフターサービスを経験し、現在ロンドンでアフターサービスと技術関係全般の仕事に従事をしています。
アメリカでは弊社PS-26という30年前のエンジンがアメリカ市場の稼動台数で主役の座を譲っておらず、船齢の高い船が多く活躍している様子やお客様に大切にエンジンを使って頂いているということを肌で実感させて頂き感動しました。
初のアフターサービス工事は制御部品の交換工事でしたが、予備品が日本から発送されておらず、船長室で叱られましたが、その夜に工事をなんとか終えました。下船しようとしたところ、嵐で降りられず、船内に泊まったのは良いですが、翌朝、食堂に行った時、先に来ていた船長がボソッと「昨日復旧した機関が夜中に緊急停止した」とのことでした。その場全体に緊張感が張り詰めて、食事が喉を通らなかったのを昨日のことのように覚えております。原因をつきとめ復旧しましたが、その苦いデビュー戦は今でも良い思い出です。
ダイハツディーゼル(ヨーロッパ)
技術サービス部
大坪 豊 技師
(OTSUBO YUTAKA)
入社当時は工場の運転場業務でしたが、エンジンの出荷台数は現在の1/4程度でしたので、定時に仕事を終え、先輩方とお酒を酌み交わしていました。お陰で随分とお酒が飲める様になったと思います。
その後、出荷台数増加と共に仕事も多忙を極め、習熟度も増した矢先にアフターサービスへ異動となり色々な現場に行きました。特に「世界で最初に沈む島」といわれるツバル共和国に約5ヶ月滞在した事が一番印象に残っています。搬入から運転調整、ほとんど初体験でしたが、他業者の方々から色々と助言頂き、何とか正常稼動するに至りました。工期が短く休みが殆ど無いタフな環境でしたが、休みが出来ると他の島でBBQをしていたのを懐かしく思います。
ロンドンではお客様と接する機会が多くなりました。現状、語学が?ですので、学生以来の勉学に励む心意気です。海外勤務をするからには語学は出来る様になりたいと思います。また、船にも訪船し、機関技師として知識を養いたいと思います。
ダイハツディーゼル(上海)
アフターサービス部
本間 高広 技師
(HONMA TAKAHIRO)
運転検査部を経て、中国(上海)にてサービス業務に従事しています。
上海在住3年目ですが、2年間は語学研修として中国語を特訓していました。その成果(?)もあって、造船所等を訪問し、仕事と共に言葉がどれほど大切なものかを痛感しました。悪戦苦闘していますが、中国人スタッフや造船所の方達と何とかコミュニケーションを図っています。
ある地域ではコミュニケーションの一つとしてお酒を飲む事が度々あり、北部では白酒というアルコール度数が43℃の蒸留酒があります。ある時、船主様と食事をご一緒した際、ワイングラスで「乾杯(一気飲み)」と白酒を3本空けて、床にのた打ち回る素晴らしい経験をさせて頂きました。
日本の考え方や常識が通用しないことも度々あり、悩まされる事もありますが、中国文化を知り、否定するのではなく、日本の良い部分を取り入れてもらうことを考え、また、そういう場に率先して出向き(日系企業等)日本と中国の架け橋になりたいと思います。
ダイハツディーゼル(アジアパシフィック)
アフターサービス部
花高 良介 係長
(HANATAKA RYOSUKE)
入社10年が経ち、これまで様々な経験をさせて頂きましたが、その中でも8DK-36エンジン足だし事故の復旧工事での事は今でも忘れられません。シリンダヘッドを組付け、配管関係を取付ければ終了し、明後日には確認運転の予定でしたが、プロテクトリングが2個無いことに気付きました。2ndエンジニアとも必死に探し回りましたが結局無く、途方に暮れていたところ船の部品搬入口より木箱が2個下りてきました。見るとライナーASSYと書かれており、この中に入っているのではと思い、日本に電話で確認したところ入っていないとの返事でした。肩を落としていると2ndエンジニアが開けなければ判らないと言うので開けると何とプロテクトリングが2個入っており、二人で抱き合って喜びました。その後、工事は無事終了しました。
原因は確認を怠った自分自身にあり、この事を教訓に工事前には必ず部品確認を徹底して行うことにしました。
2ndエンジニアにはとても感謝しています。

(1番右)
ダイハツディーゼル(アメリカ)
部品サービス部
高梨 壮太郎
(TAKANASHI SOTARO)
本社サービス部門に2年間携わり、2009年5月よりアメリカに赴任しました。本社サービスで印象的だったことは、エクアドルにハンドキャリーに行った出来事です。
ヨーロッパのお客様より事故でエンジンが止まってしまい明日までにエクアドルで部品が必要で、どうしてもハンドキャリーで運んで欲しいとの依頼を受け、会社に来たそのままの格好で当日荷物を空港で受け取りハンドキャリーにて荷物は日本の空港でチェックインしアメリカ経由でエクアドルに行きました。
当時日本は冬でしたが、エクアドルは真夏。また日本でチェックインした荷物が航空会社の手違いでエクアドルの空港に荷物が届いておらず私だけが空港に着いてしまいました。せっかく飛んできたのに部品が届いてないという痛い経験をしました。サービス部門で得たことは、お客様のニーズに素早く応えるということ。特に事故絡みでお客様がお困りの際にどれだけ迅速に的確な対応ができるかがとても重要だと学びました。
アメリカでは事故後のきめ細かい迅速な対応は勿論のこと、事故を未然に防ぐためのサポートをお客様に提案していきたいと思っております。

